リスクを価値に変えるERM

ERMと財務部門の連携強化:リスク情報を活用した財務戦略の高度化と企業価値向上

Tags: ERM, 財務戦略, 企業価値向上, 資本配分, リスク調整後パフォーマンス

はじめに:なぜ今、ERMと財務部門の連携が求められるのか

不確実性の高まる現代において、企業経営には多様なリスクへの対応が不可欠です。全社的リスク管理(ERM)は、これらのリスクを網羅的に捉え、経営目標達成に向けたリスク管理体制を構築することを目的としています。一方で、財務部門は企業の資金調達、投資、利益計画といった財務戦略を担っており、これらは企業価値を直接的に左右する重要な機能です。

これまでERMと財務部門は、必ずしも緊密に連携しているとは言えない状況が多く見られました。しかし、リスク情報が財務パフォーマンスや資本効率に与える影響は無視できません。リスクを適切に評価し、その財務的な影響を定量的に把握し、これを財務戦略や経営判断に統合することで、不確実性下でも安定した企業価値の向上を目指すことが可能となります。

本記事では、ERMと財務部門の連携を強化することで、どのように財務戦略を高度化し、ひいては企業価値を最大化できるのかについて、具体的なアプローチや得られる効果、そして連携における課題とその克服策を解説いたします。

ERMと財務部門連携の必要性:リスク情報が財務に与える影響

リスクは、単に損失の可能性だけでなく、企業が得られるはずだった利益の機会損失や、資本効率の低下といった形で財務に影響を及ぼします。

例えば、市場価格変動リスクは収益性や資産価値に、サプライチェーンリスクはコスト増や生産停止による売上減少に直結します。また、コンプライアンス違反やサイバーリスクは、巨額の罰金や復旧費用、ブランドイメージの低下を通じ、企業の財務基盤を揺るがす可能性があります。

ERMによってこれらのリスクが識別・評価されていても、その情報が財務部門で十分に活用されていなければ、リスクの財務的な影響を見込んだ精緻な財務計画の策定や、リスクを考慮した上での最適な資本配分を行うことは困難です。

リスク情報を財務戦略に統合することで、企業は以下のメリットを享受できます。

連携強化のための具体的なアプローチ

ERMと財務部門の連携を実効性のあるものとするためには、意図的かつ体系的な取り組みが必要です。

  1. 共通目標と共通言語の設定: 企業価値向上という共通の目標を設定し、リスク情報が財務にどのように影響するかについての共通理解を醸成します。リスク指標(VaR: Value at Risk、Expected Shortfallなど)や、財務指標(EVA: Economic Value Added、RAROC: Risk-Adjusted Return on Capitalなど)の意味合いや関連性について、部門間で共通の「言語」を持つことが重要です。
  2. リスクデータと財務データの統合: ERM活動で収集・分析されたリスクデータ(リスクイベントの発生確率・影響度、ストレスシナリオ結果など)と、財務部門が管理する財務データ(収益、費用、資産、負債、キャッシュフローなど)を連携させる基盤を構築します。統合されたデータに基づいて、リスクシナリオが財務諸表に与える影響を定量的に分析できるようにします。
  3. 合同でのリスク評価・シナリオ分析: 主要な経営リスクについて、ERM部門が中心となって評価した結果を財務部門と共有し、その財務的な影響を共同で分析します。特に、複数のリスクが複合的に発生した場合のストレスシナリオについては、財務部門の専門知識が不可欠です。
  4. リスク調整後パフォーマンス指標(RAPM)の導入・活用: RAPMは、事業や投資活動が創出したリターンから、それに伴うリスクにかかるコストを差し引いて、真の価値創造力を測る指標です。この指標を業績評価や資本配分の判断に活用することで、リスクを過度に回避するのではなく、リスクを適切に「テイク」してリターンを最大化するという、経営戦略と連動したリスク管理が可能となります。
  5. 定期的な情報共有と合同ミーティング: 定期的にERM委員会や経営会議で、リスク情報と財務情報を統合した報告を行います。また、個別プロジェクトや投資案件の検討においては、ERM部門と財務部門が共同でリスク評価と財務影響分析を行い、意思決定者へ提言します。
  6. 役割分担とオーナーシップの明確化: リスク評価、影響度定量化、財務影響分析、対策費用計上、資本バッファー計算など、一連のプロセスにおけるERM部門と財務部門それぞれの役割と責任範囲を明確にします。

連携強化による企業価値向上の具体的な効果

ERMと財務部門の連携は、単なるリスク管理の効率化に留まらず、企業価値向上に資する具体的な効果をもたらします。

連携強化における課題と克服策

ERMと財務部門の連携強化は、部門間の文化や専門性の違い、データ統合の技術的な課題など、いくつかの障壁に直面する可能性があります。

これらの課題を克服するためには、経営トップの強いリーダーシップとコミットメントが不可欠です。トップが連携の重要性を発信し、部門間の協力を奨励することで、組織全体として連携強化に向けた動きを加速させることができます。

まとめ:リスク情報を経営財務の中核に据える

ERMと財務部門の連携強化は、もはや企業が不確実な時代を乗り越え、持続的に成長していく上で避けて通れない道です。リスク情報を単なる管理対象としてではなく、財務戦略や経営意思決定の中核に据えることで、より強固な財務基盤を構築し、リスクを考慮した最適な資本配分を行い、結果として企業価値を最大化することが可能になります。

これは、ERMが単なる守りの機能ではなく、「リスクを価値に変える」攻めの経営ツールであることを体現する取り組みでもあります。ぜひ、貴社においてもERMと財務部門の連携を推進し、リスクを力に変える経営体制の構築を目指してください。