リスクを価値に変えるERM

ERM、内部統制、コンプライアンス連携の実践:統合的アプローチでリスクを価値に変える

Tags: ERM, 内部統制, コンプライアンス, リスク管理連携, 企業価値向上

はじめに:リスク管理機能の分断を超えて

企業を取り巻く不確実性は増大しており、経営を持続的に発展させるためには、リスクを網羅的に把握し適切に対応することが不可欠です。全社的リスク管理(ERM)は、経営戦略と連動し、リスクを単なる脅威として捉えるだけでなく、価値創造の機会として活かすための経営ツールとして、その重要性が再認識されています。

多くの企業では、リスク管理機能が内部統制、コンプライアンス、内部監査、法務といった複数の部門に分散している現状があります。それぞれの部門が専門性を活かし、重要な役割を担っている一方で、情報やプロセスの連携が十分でない場合、リスクの重複管理や漏れ、非効率が生じる可能性があります。このような機能の分断は、全社的なリスクの全体像把握を妨げ、迅速かつ的確な経営判断を困難にする要因となります。

本稿では、ERMを核として、内部統制、コンプライアンスといった関連機能をいかに連携させ、統合的なリスク管理体制を構築するかについて解説します。この連携強化こそが、リスク管理の実効性を飛躍的に向上させ、ひいては企業価値の継続的な向上に繋がる重要なアプローチとなります。

ERM、内部統制、コンプライアンスの役割と連携の必要性

まず、ERM、内部統制、コンプライアンスそれぞれの基本的な役割を確認し、なぜそれらの連携が不可欠なのかを整理します。

これらの機能は、いずれも企業が目的を達成し、持続可能性を確保するためにリスクを管理するという共通の基盤を持っています。しかし、しばしば異なる部門によって運営され、個別の目的達成に注力しがちです。例えば、内部統制は財務報告の信頼性や業務プロセス効率化に、コンプライアンスは特定の法規制遵守に焦点を当てやすい傾向があります。

これに対し、ERMは全社的な視点からあらゆるリスクを対象とし、経営戦略との連動を重視します。したがって、ERMが真に機能するためには、内部統制やコンプライアンスが管理するリスク情報や実施するコントロール活動を、全社的なリスクプロファイルの中に適切に取り込み、統合的に評価・管理する必要があります。逆に、ERMで特定された重要なリスクに対する対応策として、内部統制やコンプライアンスの仕組みを活用することも重要です。

この連携により、リスクの全体像がよりクリアになり、重複や漏れが解消され、各機能がより効率的かつ効果的にリスクに対応できるようになります。これは、単にリスクを回避するだけでなく、経営資源をリスクの高い領域に適切に配分し、リスクテイクすべき機会を見極める上でも極めて重要です。

連携によるメリット

ERM、内部統制、コンプライアンスを連携させることで、企業は以下のような多くのメリットを享受できます。

  1. リスクの網羅性と深度の向上: 各機能が持つリスク情報や専門知識を共有することで、全社的なリスク特定がより網羅的になり、個別のリスクに対する理解も深まります。
  2. リスク評価基準の統一と整合性: 全社共通のリスク評価基準(発生可能性、影響度など)を適用することで、各部門で認識されるリスクの重要度を客観的に比較・優先順位付けすることが可能になります。内部統制やコンプライアンスの観点から評価されたリスクも、全社のリスクヒートマップ上に適切に位置づけられます。
  3. コントロール活動の最適化: ERMで特定された重要なリスクに対する対応策として、既存の内部統制やコンプライアンスの仕組みが有効に機能しているかを確認し、重複しているコントロールを排除したり、不足しているコントロールを補強したりすることで、全体としてのコントロール活動が最適化され、効率性が向上します。
  4. 情報共有と報告の一元化: 各機能で収集・管理されているリスク関連情報を統合的に管理・分析し、経営層や取締役会に対して一元的なリスク報告を行うことで、経営判断の迅速化と質向上に貢献します。
  5. リスク文化の醸成: リスク管理が特定の部門の活動ではなく、全社共通の課題であり、日々の業務に関わるものであるという認識を醸成し、リスクマインドの向上に繋がります。
  6. 監査・保証活動の効率化: 内部監査部門は、統合されたリスク情報やコントロール評価結果を活用することで、監査計画の策定や実施をより効率的かつ効果的に行うことができます。外部監査対応も円滑になります。
  7. 企業価値向上への貢献: 上記のメリットを通じて、不確実性への対応力が強化され、事業継続性やレジリエンスが高まります。また、ガバナンス体制への信頼性向上はステークホルダーからの評価を高め、資本コストの低減にも寄与する可能性があります。非効率なリスク対応の排除はコスト削減に繋がり、リスク情報に基づいた意思決定は新たな事業機会の獲得やリスクテイクを通じた成長を支援します。

連携を実践するためのアプローチ

ERM、内部統制、コンプライアンスの連携は、一朝一夕に実現できるものではありません。以下のステップや視点を取り入れることが有効です。

  1. 共通のフレームワークと言語の採用: COSO ERMフレームワークやISO 31000といった主要なリスク管理フレームワークを参考に、全社共通のリスク管理プロセス、用語、評価基準を定義します。内部統制のCOSOフレームワークとの整合性を図ることも重要です。
  2. リスク特定・評価プロセスの統合: 各部門や機能(内部統制、コンプライアンス含む)で実施されているリスク特定・評価活動から得られる情報を、ERMのプロセスに集約します。例えば、コンプライアンス部門が特定した法規制違反リスクや、業務部門が内部統制構築の過程で洗い出した業務リスクなどを、ERM担当部門が全社リスクプロファイルの中で統合的に位置づけ、全社共通基準で評価します。
  3. コントロール活動の連携とマッピング: ERMで識別された主要なリスクに対して、現在どのような内部統制やコンプライアンスに関連するコントロール活動が存在するかを明確にマッピングします。コントロールの有効性を評価し、過剰または不足している部分を特定して改善を図ります。
  4. 情報共有基盤の構築: リスク管理データベースやシステムを導入し、リスク情報、コントロール情報、インシデント情報などを一元的に管理・共有できる基盤を構築します。これにより、各機能が必要な情報にアクセスしやすくなります。
  5. 定期的な連携会議の開催: ERM担当部門が中心となり、内部統制、コンプライアンス、内部監査、法務、関連事業部門などの担当者を集めた定期的な会議を開催し、重要なリスク情報や対応状況、連携上の課題などを共有・議論します。
  6. 組織横断的な教育・研修: リスク管理、内部統制、コンプライアンスに関する共通の教育・研修プログラムを実施し、従業員全体のリスク意識とリテラシーを高めます。異なる機能の担当者が共同で研修を行うことも有効です。
  7. 役割と責任の明確化: 各機能が連携する上で、誰がどのプロセスにおいてどのような役割と責任を担うのかを明確に定義します。特に、リスクオーナーシップ、コントロールオーナーシップ、モニタリング責任などを整理します。

連携推進上の課題と対応

連携を推進する上では、以下のような課題が想定されます。

これらの課題に対して、経営層の強いコミットメントとリーダーシップ、そして関係部門間の粘り強い対話と協力が不可欠です。

企業価値向上へのインパクト

ERM、内部統制、コンプライアンスの連携強化は、単にリスクを効率的に管理するというレベルを超え、企業の持続的な成長と企業価値向上に直接的・間接的に貢献します。

統合されたリスク情報に基づく経営判断は、より的確な資源配分や戦略的意思決定を可能にし、リスクを抑えつつ成長機会を捉える「攻めのERM」を支援します。また、強固なリスク管理体制は、重大なリスクが顕在化する可能性を低減し、予期せぬ損失や事業中断のリスクを最小化します。これは、企業の収益安定化や将来キャッシュフローの信頼性向上に繋がり、財務的な観点からも企業価値の向上に貢献します。

さらに、透明性が高く実効性のあるガバナンス体制は、投資家、顧客、従業員、地域社会といった様々なステークホルダーからの信頼を獲得し、企業のレピュテーション(評判)を高めます。これは、ブランド価値向上や優秀な人材の確保にも繋がり、非財務的な観点からも企業価値の重要な構成要素となります。

まとめ:連携によるシナジー効果の追求

ERM、内部統制、コンプライアンスは、それぞれが企業の健全な運営に不可欠な機能です。しかし、これらが個別に活動しているだけでは、真に実効性のある全社的なリスク管理体制を構築し、企業価値を最大化することは困難です。

これらの機能をERMという全社的な視点の下で連携させることで、リスク管理の網羅性、深度、効率性が飛躍的に向上します。情報の共有、プロセスの連携、コントロール活動の最適化を通じて生まれるシナジー効果は、企業が直面する複雑なリスク環境に対応し、不確実性を乗り越えて持続的に成長していくための強力な推進力となります。

経営企画部門を統括する責任者として、これらの機能連携の旗振り役を担うことは、企業のレジリエンスを高め、経営戦略の実行確度を上げ、結果として企業価値を向上させるための重要な一歩となるでしょう。自社の組織構造や文化に合わせて、段階的かつ着実に連携を深めていくアプローチを検討されることを推奨いたします。