経営企画部門が牽引する全社ERMの深化:戦略実行を確実にするリスク文化醸成と部門連携
全社的リスク管理(ERM)は、現代の企業経営において不可欠な要素となっています。不確実性が高まるビジネス環境の中、リスクを単なる脅威として捉えるだけでなく、経営戦略と一体化させ、企業価値創造の源泉とすることが求められています。このプロセスにおいて、経営戦略の策定・推進を担う経営企画部門は、ERMを全社的に推進し、深化させる上で極めて重要な役割を果たします。
経営企画部門が担うERM推進の役割
経営企画部門は、企業の羅針盤となる経営戦略を描き、その実行を支援する中核部署です。ERMを効果的に機能させるためには、これを経営戦略と紐づけ、組織全体の活動に統合する必要があります。経営企画部門は、その戦略的視点と全社横断的な立場から、ERMの推進役として以下の主要な役割を担うことが期待されます。
- 経営戦略との連携: ERMを経営戦略策定プロセスに組み込み、戦略目標達成を阻害するリスクを早期に特定・評価します。また、リスク選好度(リスクアペタイト)の設定において、成長機会の追求とリスクテイクのバランスを経営層と共に検討します。
- 全社ERM体制の設計と推進: 経営層のコミットメントを得て、全社的なリスク管理体制の構築を主導します。適切なERMフレームワーク(ISO 31000やCOSO ERMなど)の選定を支援し、組織全体での導入・展開を推進します。
- リスク文化醸成のリード: ERMが組織に根付くためには、全従業員がリスクを自分事として捉え、適切に対応する文化が必要です。経営企画部門は、このリスク文化を醸成するための旗振り役となります。
- 部門間連携の促進: 各部門でサイロ化しがちなリスク情報を全社的に統合し、部門間のリスク認識の統一を図るための仕組みづくりやコミュニケーションを推進します。
- ERMの効果測定と経営報告: ERMの取り組みが経営にどのように貢献しているかを定量・定性的に評価し、経営層に対して分かりやすく報告する仕組みを構築・運用します。
全社的なリスク文化醸成に向けた実践的アプローチ
リスク文化は、組織全体のリスクに対する共通認識、価値観、行動様式を指します。経営企画部門が主体となり、以下のステップでリスク文化の醸成を図ることが考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 経営層がリスク管理の重要性を明確に示し、自らリスクに関する議論に参加することが不可欠です。経営会議でのリスク報告の定例化や、リスク選好度に関する議論への積極的な参画を促します。
- 共通言語とフレームワークの導入: 全社共通のリスク分類基準、評価基準、用語を定義し、浸透させます。主要なERMフレームワーク(例えばCOSO ERM 2017)のプリンシプルを参考に、自社に合った原則を定めることも有効です。
- 継続的な教育・研修: 全従業員を対象としたリスク管理に関する基礎研修から、部門責任者向けのより実践的な研修まで、階層に応じたプログラムを継続的に実施します。eラーニングやワークショップ形式など、多様な形式を取り入れることで理解を深めます。
- コミュニケーションの活性化: リスクに関する情報をオープンに共有する仕組みを整備します。社内報、イントラネット、タウンホールミーティングなどを活用し、リスク事例や対応策、ERMの取り組み状況などを定期的に発信します。特に、リスクを正直に報告・議論することの重要性を繰り返し伝えることが大切です。
- 成功体験の共有と称賛: リスクを早期に特定・対応した事例や、リスク管理活動を通じて戦略目標達成に貢献した事例などを社内で共有し、関係者の努力を称賛します。これにより、リスク管理へのモチベーションを高めます。
部門間連携を強化し、リスク認識を統一する仕組み
全社ERMの実効性を高めるためには、部門間の壁を取り払い、共通のリスク認識を持つことが重要です。経営企画部門は、以下のようなアプローチで部門間連携とリスク認識の統一を推進します。
- 横断的なリスク評価プロセス: 各部門が個別にリスク評価を行うのではなく、関連部門が共同でリスクを洗い出し、評価する機会を設けます。例えば、新規事業のリスク評価に企画部門、開発部門、営業部門、法務部門などが合同で参加するワークショップを実施します。
- 全社リスクマップの共有と活用: 各部門から収集したリスク情報を集約し、全社的な視点でのリスクマップを作成・共有します。このマップを用いて、部門横断で連携して対応すべき重要リスクを特定し、議論を促進します。
- リスク情報の共有プラットフォーム: リスクデータベースや情報共有システムを構築し、各部門が容易にリスク情報にアクセスできる環境を整備します。これにより、他部門のリスク対応状況や関連するインシデント事例などを参考に、自部門のリスク管理に活かすことができます。
- 定例的な部門間リスクレビュー会議: 各部門の責任者が集まり、リスクに関する情報を共有し、連携が必要なリスクについて議論する定例会議を設置します。経営企画部門がファシリテーターとなり、議論を深め、連携体制を構築します。
戦略実行におけるERMの活用
ERMは単なるリスク回避のための活動ではなく、戦略目標達成を確実にするための「攻め」のツールです。経営企画部門は、戦略実行プロセスにおいてERMを積極的に活用することを推進します。
- 戦略目標と連動したリスク特定: 各戦略目標に対して、その達成を阻害する可能性のあるリスク(機会を含む)を具体的に特定します。例えば、新市場進出という戦略目標に対しては、市場調査の不確実性、規制リスク、競合リスク、パートナー選定リスクなどを洗い出します。
- リスク対応策の実行計画への統合: 特定されたリスクに対する対応策を検討し、単なるリストで終わらせず、具体的な実行計画や担当者を明確にして、関連部門の事業計画やアクションプランに組み込みます。
- 戦略レビューへのリスク情報の反映: 戦略の進捗をレビューする際に、リスクの状況(発生可能性、影響度、対応策の進捗など)を常に確認します。予期せぬリスクの顕在化や新たなリスクの出現があった場合には、戦略の軌道修正やリスク対応計画の見直しを迅速に行います。
- KPIとリスク指標の連携: 戦略のKPI(重要業績評価指標)と、リスク管理の指標(主要リスク指標 - KRIなど)を連携させます。KRIの変動から、戦略目標達成に対するリスクの兆候を早期に察知できるようにします。
経営に貢献するERMへ:経営企画部門のリーダーシップ
経営企画部門が、ERMを単なる管理体制の整備に留めず、上記の通り全社的なリスク文化の醸成、部門間連携の強化、そして戦略実行への統合を主導することで、ERMは真に経営に貢献するツールへと進化します。
リスク管理活動を通じて得られる洞察は、より現実的でレジリエンスの高い経営戦略の策定を可能にし、不確実な環境下での迅速かつ的確な意思決定を支援します。また、組織全体がリスクに対して共通の意識を持ち、連携して対応することで、予期せぬ危機への対応力が高まり、事業継続性の確保に繋がります。
経営企画部門がこれらの取り組みを継続的に推進し、ERMが企業文化として定着することで、リスクを機会に変え、持続的な企業価値向上を実現していくことが可能になります。これは、まさに「リスクを価値に変えるERM」の中核をなす考え方と言えるでしょう。