レジリエンス経営を実現するERM：不確実性を乗り越え企業価値を築く
不確実性の時代におけるレジリエンス経営の重要性
現代の経営環境は、予期せぬ出来事の頻発や変化の加速により、かつてないほど不確実性が高まっています。グローバルなパンデミック、地政学的な緊張、急速な技術革新、気候変動に伴う自然災害の激甚化など、企業は様々なリスクに直面しています。このような環境下で事業を継続し、持続的な成長を遂げるためには、単にリスクを回避するだけでなく、変化に適応し、予期せぬ事態から迅速に回復する能力、すなわち「レジリエンス（回復力、適応力）」が不可欠となります。レジリエンス経営とは、潜在的な脅威や変化に対応し、事業を継続・発展させるための組織能力を構築・維持することを目指す経営のあり方です。
レジリエンス経営におけるERMの役割
全社的リスク管理（ERM）は、企業全体の視点からリスクを体系的に特定、評価、対応するプロセスです。従来、ERMはリスクの低減や回避に重点が置かれがちでしたが、レジリエンス経営においては、ERMはより戦略的な役割を果たします。ERMは、潜在的な脅威を早期に察知し、その影響を評価するだけでなく、組織の弱点や脆弱性を特定し、それらを克服するための能力強化を促進します。また、リスクの裏にある機会を発見し、変化を成長の糧とするための洞察を提供します。
具体的には、ERMは以下の側面からレジリエンス経営を強力に支えます。
- リスクの統合的把握と評価: ERMは、個別のリスクだけでなく、それらが相互にどのように影響し合うか、またシステム全体にどのような影響を及ぼすかを把握します。これにより、複雑な危機シナリオを想定し、脆弱な箇所を特定することが可能になります。
- リスクシナリオプランニングとストレステスト: 将来起こりうる様々なリスクシナリオを想定し、それらが事業に与える影響を評価するストレステストを実施します。これは、組織の回復力や適応力を事前に検証し、不足している能力を明らかにする上で極めて有効です。
- 事業継続計画（BCP）/危機管理計画との連携強化: ERMは、BCPや危機管理計画がより現実的で効果的なものとなるよう、リスク評価に基づいた具体的な対策立案を支援します。また、これらの計画を組織全体のリスク管理フレームワークの中に位置づけることで、計画の実効性を高めます。
- 組織の柔軟性・適応性の促進: ERMの導入プロセスは、部門間の壁を取り払い、リスクに関する情報共有とコミュニケーションを活性化させます。これにより、変化に迅速に対応できる柔軟な組織文化と構造の構築を支援します。
- リスクアペタイトとレジリエンス能力のバランス設定: 企業がどの程度のリスクを受け入れ、それに対してどの程度のレジリエンス能力を持つべきかというバランスを経営戦略と連動して設定することを支援します。これは、単なるリスク回避ではなく、リスクを取りながらも成長機会を追求するための重要な視点です。
ERMによるレジリエンス強化の実践ステップ
レジリエンス経営をERMによって推進するためには、いくつかの実践的なステップが考えられます。
- レジリエンス目標の定義と現状評価: 自社がどのような状況下で、どのレベルの事業継続性や回復力を目指すのかを明確に定義します。現状の組織能力や既存のリスク管理体制、BCPの実効性などを評価し、目標とのギャップを把握します。
- 主要リスクと相互関連性の特定: 通常のリスク評価に加え、特にレジリエンスの観点から重要となるリスク（サプライチェーンの途絶、サイバー攻撃、大規模自然災害、主要な人材の離脱など）や、それらのリスクが複合的に発生した場合の影響を詳細に分析します。
- レジリエンス強化策の策定と実行: 評価されたリスクと脆弱性に基づき、事業継続、迅速な回復、変化への適応力向上に繋がる具体的な対策を策定します。これには、サプライヤーの多角化、冗長性の確保、デジタルインフラの強化、従業員の多能工化、コミュニケーション体制の構築などが含まれます。
- BCP/危機管理計画との統合: 策定したレジリエンス強化策を既存のBCPや危機管理計画に反映させ、連携を強化します。ERMプロセスの中で、これらの計画が定期的に見直され、実効性のあるものとして維持される体制を構築します。
- 訓練と見直し: 策定した計画や対策の実効性を確認するため、定期的な訓練（シミュレーション、机上演習など）を実施します。訓練の結果や実際に発生した事象から学びを得て、継続的にプロセスと計画を見直します。
- 組織全体での浸透: レジリエンスの重要性、自身の役割、そしてERMとBCP/危機管理計画への理解を全従業員に浸透させます。部門横断的な情報共有や連携を促進し、組織全体としてレジリエンスを高める文化を醸成します。
主要なERMフレームワークであるISO 31000やCOSO ERMも、レジリエンス経営の推進に活用できます。ISO 31000はリスク管理の原則、フレームワーク、プロセスのガイダンスを提供しており、企業がリスクを管理する能力を高める上で有効です。特に、リスクを意思決定に組み込むという原則は、レジリエンス強化のための投資判断などに役立ちます。COSO ERM（Enterprise Risk Management—Integrating with Strategy and Performance）は、リスクを戦略とパフォーマンスに統合する視点を強調しており、企業が不確実性の中で価値を創造・維持・実現するための支援を提供します。これらのフレームワークを活用することで、より体系的かつ戦略的にレジリエンス経営を推進することが可能になります。
ERMによるレジリエンス強化がもたらす企業価値向上
ERMによってレジリエンスが強化されることは、企業価値の向上に直結します。
- 信用の維持・向上: 予期せぬ事態が発生した際にも事業を継続できる能力は、顧客、サプライヤー、株主、地域社会など、すべてのステークホルダーからの信用を高めます。
- 機会損失の低減: 迅速な回復は、事業の停止期間を最小限に抑え、売上機会の損失を防ぎます。
- 競争優位性の確立: 競合他社が対応に追われる中で、自社が迅速に事業を回復させ、変化に適応できることは、市場における競争優位性を確立します。
- ブランドイメージの向上: 危機発生時の適切な対応と迅速な回復は、企業のブランドイメージを向上させ、長期的な顧客ロイヤリティに繋がります。
- 新たな成長機会の発見: 不確実性への適応力を高める過程で、新たなビジネスモデルや市場のニーズを発見し、それを成長の機会に変えることが可能になります。
まとめ：レジリエンス経営の要としてのERM
現代の不確実な経営環境において、レジリエンスは単なるリスク対策ではなく、持続的な企業価値向上に不可欠な経営能力です。そして、全社的リスク管理（ERM）は、このレジリエンス経営を実現するための核となるツールです。ERMを単なるリスク回避の仕組みとして捉えるのではなく、リスクを統合的に管理し、変化への適応力を高め、危機を乗り越えて成長機会を掴むための戦略的な経営プロセスとして位置づけることが重要です。
経営企画部門の責任者として、ERMをレジリエンス経営の強化に最大限に活用し、不確実性を価値に変える取り組みを推進することが、企業の将来を左右すると言えるでしょう。ERMを経営戦略の中核に据え、組織全体のレジリエンスを高めることで、予測不能な時代においても揺るぎない企業基盤を築き、持続的な成長を実現してまいります。